新刊書籍

2021/12/22

京成電鉄、新京成電鉄、北総鉄道の写真記録 【中巻】赤電登場から成田空港開港の時代

京成電鉄にとって懸案の成田空港は大幅な延期を重ねて開港したものの、不利な位置に設けられたうえに連絡バス利用の京成「成田空港駅(現・東成田駅)」は利用客に不評。期待された「スカイライナー」の乗客数も低迷していた。ライバルの国鉄も成田駅からバス連絡のため鉄道利用は不便極まりなく、「成田空港は遠い」というイメージが一般に定着した。成田新幹線と空港バスによるアクセスを予定したことがそもそもの原因だった。その後の高速道路の渋滞も加わり、鉄道アクセスの改善が叫ばれた。このため国土交通省の指導により、空港ターミナルへの直接乗り入れが実現した。
中巻では、わが国初となった相互直通運転、空港線の建設、空港線開業に向けた取り組み、京成電鉄の経営再建、新京成電鉄の体質改善と躍進、北総開発鉄道の建設と開業、住宅・都市整備公団千葉ニュータウン線の開業等について、写真とともに紹介する。

2021/12/22

発掘写真で訪ねる 新宿区古地図散歩~明治・大正・昭和の街角~

箱根山に登った。箱根山といっても、都立戸山公園にある人口の山だ。標高は50メートルに満たないから「登った」という表現はいささか大袈裟かもしれないが、周辺の樹林に遮られなかったら、その眺望は往時のように歌舞伎町周辺まではっきりと臨めただろう。
都立戸山公園一帯は、現在、中高層の団地が30数棟建つが、かつて庭付き二軒長屋が1000戸近く、1号地から8号地に区割りされてマッチ箱のように並んでいた。明治時代から戦前まで陸軍戸山学校が展開していた跡地に、敗戦後の住宅難に対応するための二軒長屋を突貫工事で建てた住宅地が「戸山ハイツ」だった。
本書では、新宿区の町名今昔、赤城神社と牛込城、牛込の求心地「神楽坂」の繁華、新潮社と大日本印刷、早稲田大学と学生街の変遷、箱根山が伝える陸軍戸山学校、四谷の繁華は麹町から、新宿メロン物語、「新宿通り」繁華の歩み、新宿を支えた「戦後派」歌舞伎町、京王電車の「出発進行!」、西新宿に埋まる東京の水道史等の歴史テーマを解説。さらに後半は区内全域11エリアの明治・大正・昭和の古地図で見る街の移り変わりを探訪する。

2021/12/20

国鉄優等列車列伝 第2巻 153系電車が走った東海道電車急行

21世紀も5分の1以上が過ぎた現在、東京圏と京阪神の鉄道旅客輸送は東海道新幹線の独壇場であり、在来の東海道本線となると『時刻表』でも全区間を通過する列車は寝台電車特急の「サンライズ瀬戸・サンライズ出雲」のみ。それ以外に東京~三島、富士~静岡、名古屋~神戸間に電車特急が入るものの、通勤形電車が行き交う巨大な都市間連絡線といった感じで、特にJR西日本地域では愛称である「JR京都線」や「JR神戸線」「琵琶湖線」が定着しており、東海道本線の名は忘れられた存在になっているのが実情である。
しかし、東海道新幹線東京~新大阪間が開業する今から57年以上も前は、東海道本線が東京~大阪間を結ぶ旅客を昼夜行ともほぼ独占しており、昼間のスターが「こだま」をはじめとする151系電車特急なら、夜の部は「銀河」など寝台急行が王座にあった。また、当時の優等列車は現在のように特急一択ではなく、特急・急行・準急の3種別から成っていた。これは、スピード・設備など、快適性の代償として支払う料金の違いによる区別だが、それとは別に特急と急行・準急とでは、利用客層にも違いがあった。
東京~関西間急行の歴史を、おもに1960年以降の電車列車にスポットを当て記述することにする。現在でいう普通車(1960年6月30日まで、3等車、以後2等車) はもちろん、グリーン車(同2等車、以後1等車)ですら冷房のない車内。普通車は現在では稀少となった対面式の計4人掛けクロスシートで、多客時には座席奪い合いの揉め事やデッキや通路での“立席承知”は当然の全席自由席、編成唯一の冷房設備を持ち、軽食のほか寿司も摘まめるビュフェなど、若年層の読者の方々には想像もできないが、こうした列車に当時の人々は7時間以上をかけ、東京~大阪間を移動したのである。現在の新幹線電車とはスピードや快適面で比較にならないほどの大差があり、列車内で事務仕事などしようにもできないが、その分景色を眺めたり、合席の人と会話を楽しんだりして、楽しい時を過ごすこともできた。
そうした悲喜こもごもの想いを乗せた東京~大阪間電車急行のほか、本書では類似した編成の車両を使用する名古屋~大阪間や関西~山陽間電車急行、それに同時期に活躍した東京~名古屋間電車急行や修学旅行電車も取り上げた。

2021/12/20

今昔写真と路線分析 都電荒川線の全記録

都電でたった一つ残っている「荒川線」が開業110年を迎えました。荒川線は1911年8月に「王子電気軌道」という私鉄が飛鳥山~大塚(現在の大塚駅前)間で産声を上げたのが最初です。その後しだいに路線を伸ばし、三ノ輪(現・三ノ輪橋)~王子(現・王子駅前)~早稲田間と王子~赤羽間で全通します。その後、戦時になる国策の一環で「東京市電」に移行され、1943年の都政施行とともに「東京都電」になりました。戦後になると乗客数もピークを迎えて繁栄の時代を築きますが、自動車の増加によって都電は「交通渋滞の元凶」とされて廃止への道を辿ります。ところが現在の荒川線区間だけは大半が専用軌道であることや、代替の交通機関が少ないことから存続されることになります。本書は王子電気軌道として誕生してから110年間の史話・逸話、写真や古地図を満載して出版したものです。

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2021/12/22
新刊発売【京成電鉄、新京成電鉄、北総鉄道の写真記録 【中巻】赤電登場から成田空港開港の時代
2021/12/22
新刊発売【発掘写真で訪ねる 新宿区古地図散歩~明治・大正・昭和の街角~
2021/12/20
新刊発売【国鉄優等列車列伝 第2巻 153系電車が走った東海道電車急行
2021/12/20
新刊発売【今昔写真と路線分析 都電荒川線の全記録】