新刊書籍

2022/08/01

名古屋市営交通の100年 ~市電から市バス、そして地下鉄へ


地下鉄、バスなど、名古屋市の都市交通を担う名古屋市交通局は、2022(令和4)年8月1日に創立100周年を迎える。路面電車を運行していた名鉄の前身である名古屋電気鉄道から事業を引き継いでの創業で、名古屋市では電気局を創立して運行にあたった。その後、1930(昭和5)年2月にはバスの営業を始め、1957(昭和32)年11月にはわが国3番 目の地下鉄が営業を開始した。この間、終戦直後 の1945(昭和20)年9月には電気局を交通局と改称し、都市規模の拡大にあわせて市内全域に路線をめぐらせ、市民の足を担ってきた。1974(昭和49)年3月には、77年にわたり運行してきた路面電車を廃止している。
本書は、こうした名古屋市交通局の歴史を、その前身である名古屋電気鉄道の時代から、 路面電車、地下鉄、バスと、終戦前後に一時的に運行した無軌条電車(トロリーバス)にわけて紹介。記述は車両や運行など趣味色を強く押し出しているが、名古 屋の都市交通史としてもご覧いただけるよう、資料的にも充実。

2022/07/26

よみがえる半世紀前の記録 関西の鉄道風景 1950年代~60年代の国鉄・私鉄


関西の鉄道趣味界の重鎮の一人、高山禮蔵氏(2020年逝去)が撮影された1950年代~60年代の国鉄・私鉄の写真から情景的な写真を中心に編集。第1章の国鉄編には東海道本線、山陽本線、山陰本線、奈良線、大阪環状線、桜島線(当時は西成線)、片町線等を収録。第2章の私鉄編には近畿日本鉄道、奈良電気鉄道、信貴生駒電鉄、南海電気鉄道、和歌山鉄道、京阪電気鉄道、阪神電気鉄道、京阪神急行電鉄、江若鉄道、京福電気鉄道、京都市交通局、大阪市交通局、水間鉄道、能勢電気軌道、三洋電気鉄道、神戸電気鉄道を収録。高山禮蔵氏の若き日の鉄道記録である。

2022/07/22

ふるさと東京今昔散歩 第3巻 日本橋・東京駅編


坂崎幸之助・生田誠の両氏による「ふるさと東京今昔散歩」の第3巻。浅草編(第1巻)、羽田・大森・蒲田編(第2巻)の続編です。日本橋は何といっても東京の中心、日本の道路の起点です。また、東京駅は全国に向かう鉄道の起点、日本のセントラル・ステーションです。空の玄関口である前回の羽田空港に続いて、今度はもうひとつの陸の玄関口を扱うことで、首都・東京の成り立ちの歴史、その今昔で楽しんでいただけます。
そして、日本橋といえば上空を覆っていた首都高速道路の撤去工事がいよいよ始まりました。前回の東京オリンピック開催を前にした、1963(昭和38)年に開通して以来、風景の一部となってきた高速道路がなくなることで、日本橋の景観はどう変わるのか。空を取り戻した風景が待ち遠しいばかりですが、地下ルートになるのは2035年の予定とかで、かなり先です。それまでこのシリーズを継続し、何かの形で新しい日本橋の風景を紹介できたならと思っています。
本書の構成は、1章/日本橋と魚河岸、2章/中央通りに沿って(中央通り、三井本店・三井銀行、三越、白木屋、高島屋、榛原)、3章/日本橋川を下る(常盤橋・一石橋、日本銀行、江戸橋・東京郵便局、鎧橋、兜町、茅場町・蛎殻町、水天宮)、第4章/旧日本橋区の街(人形町・久松町、浜町公園、浜町河岸・千代田小学校、浜町、両国広小路・矢ノ倉、神田川・浅草橋と柳橋、魚河岸水神社、小舟町、明治座・真砂座)、第5章/東京駅・八重洲(呉服橋と仮駅、中央停車場の建設、駅舎全景、丸の内口、八重洲口・鍜治橋)等となっています。

2022/07/19

発掘写真で訪ねる 板橋区・練馬区古地図散歩 ~明治・大正・昭和の街角~


板橋区は1932(昭和7)年10月に東京市の自治体として発足してから90年を迎えます。一方の練馬区も戦後の1947(昭和22)年8月に板橋区から独立・誕生して75年の節目の年となります。両区は都区内の周辺部に位置する立地ということから、農業を中心とした時代が長く経過してきました。一方では多くの城が築かれ、中山道や川越街道を中心としての歴史的な発展もあり、共通する経緯も数多くあります。明治時代から北豊島郡の町村を構成し、昭和初期に両区は「東京市板橋区」として出発します。その後に練馬区は念願の独立を果たしますが、歴史や行政、地形的にも兄弟のような存在です。
今日では近代化した住宅都市づくりが進み、かつての山里的な風景は失われています。本書では、変化する両区を、明治・大正・昭和の懐かしい地図で探訪しながら、地域にちなんだ新旧の写真、逸話などを満載して歴史を振り返ります。

2022/06/28

国鉄優等列車列伝 第5巻 「白鳥」「日本海」「きたぐに」 関西~青森間を駆け抜けた優等列車の記録 (国鉄優等列車列伝 5巻)

大阪-青森間は日本海縦貫線と総称される。かつては裏縦貫線と呼ばれていたが、「表日本」に対する「裏日本」はイメージが暗く、また差別的な響きがあることから「日本海時代」が叫ばれた1970年代から「日本海側」と呼ばれるようになり、裏縦貫線も1972年の全線電化前後から日本海縦貫線と呼ばれるようになった。
近世(江戸時代以降)においては関西から瀬戸内海を回り北陸、越後、庄内、秋田を経て北海道南部へ日本海沿岸を北上する西回りの海路が主流になった。いわゆる北前船ルートで、米などを輸送する重要な物資輸送路だったが常に遭難の危険があった。陸路で行く場合は難所だらけでその代表は親不知、子不知の天険であろう。このように日本海側ルートは陸路、海路ともに困難な道であった。
鉄道も同様で、大阪から富山まで鉄道の開通は1899年だが大地溝帯を突破して新潟までつながったのは1912年、難所の突破がいかに困難だったかを物語る。羽越本線が全通し、大阪から青森へ日本海縦貫線が全線開通したのはようやく1924(大正13)年7月で、東北本線青森までの鉄道開通(1891年)に遅れること30余年、しかも急勾配や冬季の雪害など線路条件、自然条件も悪く、太平洋側の東海道・東北(常磐)経由との差は歴然であった。
戦後になり電化および線路改良が進み、1969(昭和44)年10月には新潟までの電化および複線化(一部を除く)が完成した。新潟以北も1972(昭和47)年10月に電化が完成したが、複線化は一部にとどまり現在に至っている。それから40数年後の2015(平成27)年3月、北陸新幹線が金沢まで開通し、同時に金沢-直江津間は「平行在来線」として第三セクター化され旅客輸送は分断され地域輸送に特化し、日本海縦貫線直通列車は貨物列車だけとなった。EF81に代わりコンテナ列車の先頭に立つJR貨物EF510を羽越線内や秋田、青森で見る時、その所属機関区表示「富山」にかつての特急「白鳥」「日本海」の面影を見る。本書は厳しい自然条件にかかわらず走り続けた「白鳥」「日本海」「きたぐに」および「しらゆき」を取り上げた。


2022/06/22

未来へつなぐ日本の記憶 昭和SLグラフィティ〔北海道編(下巻)〕

明治から昭和にかけ、北の大地、北海道の開拓に奮闘した蒸気機関車(Steam Locomotive=SL)は先の大戦後のエネルギー改革の荒波に抗しきれなかった。昭和43(1968)年8月に函館本線札幌周辺で道内初の電車運転が始まり、同年10月の国鉄ダイヤ全面改正、いわゆる「よん・さん・とう」では、小樽~札幌~滝川間117.3キロの電化区間が誕生した。その結果、それまで主役だったSLが急速に電車、電気機関車に置き換わっていった。そのほかの線区でも、気動車やディーゼル機関車の比率が高まってきた。
そうした中で、郷愁と共に、巨大なエネルギーで重い貨物列車や高速急行列車を牽き、黒い煙と得も言われぬ石炭が燃える匂い、そして轟音と振動を産み出すSLの魅力は増すばかりだった。私たちは、ジェット機のような音と共に疾走するC62重連の雄姿を追い、豊かな北の恵みを首都圏・近畿圏に運ぶ重量貨物列車の先頭に立つD51やD52を待ち構えて撮影した。
道北・道東地方に比べて早めに春を迎える道南地区の幹線を走るこうした大型SLの力強さは何物にも代えがたかった。その一方で、支線や私鉄で最後の炭鉱を守る石炭列車を牽くSL達が、閉山・廃線のその日まで、日本のエネルギーを支え続けてきたことで、今日のこの国の繁栄が築かれたことを忘れてはいけない。
航空機や新幹線が発達する前、青森から青函連絡船で北海道に足を踏み入れた人たちは、函館発の長距離列車で道内各地に向かった。本書では、そのうちの1本、19時間半をかけてオホーツク海沿岸の網走にまで達する列車を特に取り上げて紹介する。普通列車で札幌に至り、寝台車を含む夜行急行「大雪6号」として北の大地を横断、険しい常紋峠を越え、そのまま朝の一番列車として寒さが厳しい網走にたどり着くその列車の中には、様々な人生があり、生活があった。
令和2年9月に上梓した『未来へつなぐ日本の記憶 昭和SLグラフィティ〔北海道編(上巻)〕』から1年半以上の歳月が流れてしまったが、平成のC11の活躍を含め、2冊合わせて、極寒の地で日本経済の発展を支えた鉄の塊の活躍を記録に残したものである。

2022/06/20

想い出の国鉄・JRアルバム 第5巻 東京近郊区間(北関東・千葉編) 1970年代~80年代の記録

著者の長渡朗氏は昭和27年に国鉄入職後、静岡機関区にて蒸気機関車の庫内手を経て電気機関車の機関助手に。昭和36年以降は静岡運転所所属の電車運転士として東京~大垣間を運転した元国鉄マン。本書では主に昭和40年代~50年代の高崎線、宇都宮線、総武本線、内房線、外房線をはじめ、沿線の路線を走る列車写真を、見開き中心の大きなサイズでカラー掲載。全盛時代の国鉄型電車等が多数登場します。

2022/05/25

国鉄型普通電車が走る 日本の鉄道風景

主要幹線等、全国の国鉄路線で電化が推進されていったのは昭和30年代以降のこと。それまで機関車が牽引する客車や気動車で運転していた旅客列車は、電車に置き換えられた。架線が張り巡らされた線路上を走るそれらの車両は、動力近代化が叫ばれる下で誕生した近郊型電車や通勤型電車が主力だった。直流、交流と地域による電化方式の違いはあったが、多くの電車は似通った外観や車内設備を備え、国鉄型と括って称するに相応しい一体感があった。
一方、昭和時代以前に創業した民鉄に端を発する国鉄買収路線等では、第二次世界大戦前より、都市圏の輸送に活躍した旧型国電が活躍していた。武骨ないで立ちの電車は長い年月を経て、沿線の日常風景に馴染んだ存在となっていた。しかし、ほとんどの車両は新たに設計された一モーター車へ、昭和末期までに置き換えられた。そして、旧型国電に替わって登場した電車も、異なる形式ではあるものの、基本仕様が共通な車体を載せた国鉄型であった。
国鉄の分割民営化から30年余りの時を経て、これらの国鉄型電車は多くの路線で過去の存在となりつつある。民営化以降、各地で新たな地域色に塗装を変更した車両も多かった。
また、一部の路線では従来の優等列車用車両が、運用の都合や特急、急行の廃止で格下げされ、普通列車に充当された例があった。
それでも全国に浸透した同様なかたちの電車は、日本国有鉄道を偲ばせる象徴の一つであろう。その形状と色彩は、国鉄時代の情景として深く記憶に刻まれている。湘南色、スカ色、ウグイス色等、都市部で親しまれた塗装の多くは、現在の主力であるJR世代の電車に、ステンレス車体に巻かれた帯等となって引き継がれている。

2022/05/25

EF58 最後に輝いた記録

国鉄蒸気機関車が終焉を迎えた1975年当時、筆者は「ポスト蒸気機関車」として新たな被写体を模索しており、国鉄特急列車やブルートレインが有力候補だった。その被写体の一つとして浮上したのがEF58に代表される国鉄旧型電気機関車で、ことに東海道・山陽・東北の三大幹線で活躍するEF58は、ポスト蒸気機関車の絶好の被写体として注目を浴びることとなった。
1975年から1980年初頭にかけて、東海道筋の根府川、函南、金谷、関ケ原など、景勝地を走る美しきゴハチのフォルムを追い求める日々を過ごした。あれから半世紀近い歳月が流れ、カラーポジフィルムの退色等を考慮して、EF58が有終の美を魅せた1970年代の作品を写真集として上梓する最後のチャンスだと認識した。
自身のアーカイブスとして保存してきた伝説の「コダック・コダクロームIIフィルム(KII)」で撮影したEF58の名場面を厳選して、カラーグラフを構成した。モノクログラフには、ハッセルブラド+ゾナーレンズによるゴハチ作品に加えて、青大将の「つばめ・はと」や20系ブルートレインを牽引する全盛時代も、筆者の諸先輩の作品をお借りして構成することができた。

2022/05/24

国鉄優等列車列伝 第4巻 「とき」「佐渡」 上野~新潟を駆け抜けた優等列車の記録

このシリーズ第4巻の本書では、上野~新潟を結ぶ優等列車を特集する。第1章で上野(東京)~新潟間列車の変遷史について上越線開業前の明治・官民並立期に、碓氷峠をアプト鉄道で越えていた頃から、JR化後の寝台特急「北陸」、急行「能登」廃止の2010年まで、年表や時刻表、編成図も交えて時系列で解説する。そして、第2章では上越線全線を走破する優等列車のうち、上野(東京)~新潟間列車を中心に写真で活躍の跡を振り返る構成とした。
本書により、難攻不落だった急峻な谷川連峰を抜ける鉄道建設に挑み、さらには「耐雪」から「克雪」への努力を重ねた先人たちの苦闘の跡や、新幹線開業前のバラエティー豊かな列車群の活躍ぶりに、昔年の鉄道への想いを馳せていただければと思う。

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2022/08/01
新刊発売【名古屋市営交通の100年 ~市電から市バス、そして地下鉄へ
2022/07/26
新刊発売【よみがえる半世紀前の記録 関西の鉄道風景 1950年代~60年代の国鉄・私鉄】
2022/07/22
新刊発売【ふるさと東京今昔散歩 第3巻 日本橋編
2022/07/19
新刊発売【発掘写真で訪ねる 板橋区・練馬区古地図散歩 ~明治・大正・昭和の街角~